「ぎっくり腰」と思って様子を見た男性──搬送先で判明した重い感染症

2026年8月23日

「ぎっくり腰」と思って様子を見た男性──搬送先で判明した重い感染症

ある平日の夕方、デスクワークを終えた男性が、突然の鋭い痛みに腰を押さえた。彼は「またぎっくりか」と思い、湿布を貼って様子見を決め込む。痛みは波のように引いたり強まったりし、夜には冷や汗までにじんだが、それでも「安静にしていれば治る」と自己判断した。

翌朝、彼は発熱とともに全身のだるさを覚えた。立ち上がるとふらつき、腰の奥が焼けるように痛む。「これは普通じゃない」と家族に言われ、彼はようやく救急車を呼ぶ決心をした。

見過ごされたサイン

診察室で医師は、彼の皮膚に小さな擦り傷を見つけた。本人は「ただの靴擦れですよ」と笑ったが、医師は首をかしげる。「背部痛と発熱、そして些細な傷。この組み合わせは要注意です」。

採血では白血球とCRPが著明に上昇。体温は38.6度、脈は速く、血圧はやや低い。鎮痛薬で一時的に和らいだ痛みは、体位を変えるたびにぶり返し、腰よりも深部に響く。「筋肉ではなく、で何かが起きている」と医師は静かに告げた。

救急搬送で変わった前提

MRI検査で、腰椎の後方、脊髄のすぐ外側に白く光る膿の貯留が写った。診断は「脊髄硬膜外膿瘍」。背骨の周囲に細菌が入り、化膿した状態で、進行すれば麻痺や敗血症に至ることもある。

「正直、震えました」と彼は後に語る。「まさか腰の痛みが、命に関わる病気だなんて」。搬送先では迅速に抗菌薬の点滴が始まり、同時に整形外科感染症科がチームで方針を組んだ。

診断名と見えない感染源

培養結果は黄色ブドウ球菌。足の小さな傷口から血流に乗り、背骨の血管網で炎症を起こした可能性が高い。「入口は小さくても、出口は大ごとになることがある」と担当医は強調する。

彼は緊急の減圧手術で膿を排出し、その後数週間の静脈内抗菌薬投与を受けた。幸い神経障害は残らず、歩行は再獲得。退院時、医師は「回復は早かったが、もう一晩遅れていたら分からなかった」と言葉を選んだ。

なぜ勘違いは起きたのか

「ぎっくり」と呼ばれる急性腰痛は、確かに頻度が高い。だが、痛みが似ていても、背景は千差万別だ。冷却や安静で改善する筋肉・靭帯の損傷と、感染や腫瘍の痛みは、経過と伴奏症状が違う。

医師はこう語る。「腰が痛い時、人は筋肉やを疑います。でも、血液や神経、周囲ので起きる病気も現実にある。『いつものこと』と比較せず、今の体調全体で見てほしい」。

見逃したくない“赤信号”

次のようなサインがあれば、早めの受診が妥当だ。

  • 強い背部痛に加えて、発熱・悪寒・悪心などの全身症状がある/安静や鎮痛薬で改善しない/しびれや筋力低下、尿・便の出にくさなどの神経症状が出る/糖尿病や免疫低下、最近の皮膚感染や点滴・手術歴がある

「『もう少し様子を見よう』は、時に遠回りになります」。救急医の短い言葉が、妙に重く響く。

彼が学んだこと、私たちができること

退院後、彼は通勤用の靴を見直し、小さなでも丁寧に洗浄し、必要に応じて消毒する習慣をつけた。「自分のに“違和感”がある時は、情報を集めすぎず、まず診てもらう。それが一番の近道だと分かった」。

私たちにできるのは、痛みのや経過、発熱などの変化を簡潔に記録し、早めに共有すること。ネットの体験談は参考になるが、今の自分を診断してくれるのは画面ではない。小さな手がかりを集め、医療のを早く叩く勇気を持ちたい。

取材後記

「もし、あの夜我慢していたら」と彼は振り返る。背中の違和感は時に、体ので進む炎の予兆だ。痛みを軽んじないこと、それ自体が身を守る術になる。彼の経験は、誰かの次の一手を早めるためにある。

高橋 彩乃

高橋 彩乃

日本のスポーツライターです。プロ野球、MLB、高校野球を中心に、試合の流れや選手の背景を丁寧に追っています。現場の空気感とデータの両面から、野球の魅力をわかりやすく届けることを大切にしています。