1980年代のラムズのオールプロ、レロイ・アーヴィン、68歳で死去

2026年7月3日

1980年代をロサンゼルス・ラムズのコーナーバックとして過ごしたルロイ・アーヴィンが死去しました。享年68歳でした。

同チームは木曜日、短い声明で訃報を公表しました。

「ラムズのレジェンド、ルロイ・アーヴィンの訃報を深く悼みます。この困難な時期に、ご家族と友人の皆さまに心からお悔やみを申し上げます」とチームは述べました。

死去の日時や場所、死因といった詳しい情報は公表されませんでした。

カンザス大学でカレッジフットボールをプレーしたアーヴィンは、1980年のNFLドラフトで全体70位の3巡目指名を受けてラムズへ加入しました。彼はその10年間をロサンゼルスで過ごし、キャリアを1990年のデトロイト・ライオンズで終えました。

ラムズ時代、アーヴィンは143試合に出場し(先発は104試合)、34回のパスをインターセプトして654ヤードを獲得し、タッチダウンを5回挙げました。さらに13個のファンブルを回収し、そのうち1つはタッチダウンに結びつきました。

デトロイトでは全16試合を先発して出場し、1回のインターセプトを記録し、1回のファンブルを誘発しました。

アーヴィンは1981年と1986年にファーストチームのAll-Proに選出されました。2度のプロボウル選出を誇る彼は、11試合のプレーオフに出場し、4回のインターセプトを記録して149ヤードを獲得しました。

プロフットボール殿堂入りのエリック・ディクソンは、アーヴィンと4シーズンを共に過ごし、木曜日にこのような投稿をSNSに寄せました。

「兄弟であり、チームメイトであり、ラムズの伝説でもあるルロイ・アーヴィンの訃報を知り、胸が張り裂けそうです」とディックソンは書きました。「ルロイはただの lockdown のコーナーでの競技者ではなく、彼は真の友人であり、常に信じられないエネルギーをもたらす素晴らしい人でした。安らかに眠ってください、兄弟。アーヴィン家とラムズ・ネーション全体へ、私の思いと祈りを届けます。」

–Field Level Media

高橋 彩乃

高橋 彩乃

日本のスポーツライターです。プロ野球、MLB、高校野球を中心に、試合の流れや選手の背景を丁寧に追っています。現場の空気感とデータの両面から、野球の魅力をわかりやすく届けることを大切にしています。